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お散歩浅草橋
2008 / 07 / 13 ( Sun )
お仕事柄、浅草橋へ仕入などによく行きますが・・・

良く通る道にもよく見ると気になる場所があったりしてね。

「銀杏岡八幡宮」(いちょうがおかはちまんぐう)でございます。

銀杏岡八幡神社


源義家公が奥州(陸奥州国の通称、現在の青森・岩手・宮城・福島)征伐の下向の時、
この地で休憩を取っていた時、中川の上流から銀杏の枝が流れて来たそうな、
義家公はその枝を拾い丘の上にさし立てて、このように申しました。


「朝敵を退治の暁には枝葉栄えるべし」・・・と祈念されました

その後 奥州は平定され再びこの地を訪れた時に、銀杏が大きく生い茂っていたので
義家公は神様の恩恵に感謝をして、太刀ひと振りを奉り、八幡宮を勧請(かんじょう
*神仏の来臨や信託を迎える事)
したそうで、このときが康平5年(1062)でこちらの
創祀となったそうにございます。


くぐりの輪


お参りする際に、このまるい輪「茅の輪」(ちのわ)をくぐって拝礼する様が
興味深かったので写真に撮りました。

そもそも「茅の輪くぐり」は陰暦6月に罪やけがれを除くために宮中や諸神社で行われた
お払いの行事でした。

人形をつくりその体を洗い清めて川へ流したりしたそうです。雛祭りも本来の意味は
同じですね。 *輪越の祀り・水無月祓い・夏越(なごし)のみそぎ・夏祓(なつばらえ)
などと呼ばれていました。

「水無月の夏越の祓いする人は千年の命延ぶといふなり」と謳われています。

夏の暑い季節は食べ物も腐り安く、病気にもなり易いので、当時はそれだけで亡くなる人も
多かったのでしょう。 


この茅の輪のくぐり方は、空から見た感じで説明しますと、最初に正面で言葉を発し、輪をくぐって
左へ回り正面へ、次に再びくぐって右に回り正面へ、最後にくぐってもう一度左へ回って正面から
本社に向かい拝礼して進むのだそうです。ちょうど8の字を描くようですね。
8の字は無限のマークです。何だか意味ありげですねぇ。




まだまだ旅は終わりません。また休憩です。


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