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布多天神骨董市(スタッフブログ)
2008 / 06 / 09 ( Mon )
日頃よりご訪問頂きまして、ありがとうございます。

本日はフェアリーハンズのスタッフのEENOBUが書かせて頂きます。

先日の日曜日ですが、午前中お客様との打ち合わせ後EMIKOはまた

お出かけで、解放された私はどこへ行こうかと考えておりましたら・・・

布多天神の境内で骨董市が立っていましたので立ち寄る事にしました。

骨董市


調布駅(京王線)を甲州街道(R20)側に下車、街道に向かって直進すると
天神通り商店街があります。 100数十mの短い商店街ですが、ここは
ゲゲゲの鬼太郎の作者、水木しげる先生の事務所があった所です。
通りのあちこちに愉快な妖怪たちのオブジェがいて、面白いですよ。
商店街を抜けると、甲州街道。渡れば布多天神の参道に入ります。

布田天神


ここで少しだけ布多天神にまつわるおはなし・・・

始まりは大和朝廷が日本を統一した頃からとありますから、かなりの歴史です。
場所は多摩川の古天神にありましたが、室町時代の洪水が出たあと現在の住所に
移されたそうです。 江戸時代に甲州街道が開通すると、上石原・下石原・上布田・
下布田・国領
の五つの宿場ができました。 この宿場の守り神として、五宿天神
呼ばれるようにもなりました。

伝説が残っています。

布多天神が多摩川の古天神にあった頃、当時 中国より伝わった木綿の実から、布を
作る方法が布多天神様のお告げによりもたらされました。
それを知った村長以下村民で布を織り、多摩川の水でさらして仕上げました。
出来上がった布を天皇に献上したところ、たいそうお喜びになり、この布を調布(てづくり)
と名付けられたそうです。
それからこのあたりを「武州調布の里」(ぶしゅうてづくりのさと)と呼ばれるようになった
との事です。

驚きでした。調布にそんな由来があったなんて。私も手作りを生業(なりわい)としてこの地に
根を下ろしましたが、なんだか不思議な御縁を感じます。

ジャバラのカメラ


骨董市はここのところ雨が多かったので開かれず、久し振りの開催だったようで

大勢の老若男女で賑わっていました。 初めてお目にかかったおじいさんが

交通事故にあって左手を痛め、大好きなアコーデオンが弾けなくてサミシイ・・

とか、なんの屈託もなく話しかけて下さいました。

値段交渉をする人、専門的な話に花を咲かす年配者たち・・・

神社やお寺は昔から人々の交流の場であり、ここから様々な技術や情報

が各地に広まっていったのだろうな・・・・

年代は分かりませんが、フジカと刻印されたジャバラレンズのカメラが

何気なく展示されていました。

昔のものには味がある。物事を成長させようとする力みたいなものが

今も息づいている。そんな印象を受けました。

この土地に来て良かった。

胸が温まるひと時でした。(*^_^*)
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13 : 42 : 06 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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